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思い出しながらつぶやきます!
シマアジ 52cm 1.9Kg

1973年12月21日(金)
静岡県神子元島本場2号
竿:たけしま54H
リール:ストロング50S
道糸:12号
ハリス:8号
針:マスタッド荒磯12号
エサ:イワシ半身
70年頃より神子元島はシマアジ等上物フィーバーで賑わい、新聞の釣り欄には5K・8K・10Kと大物の情報が飛び交っていた。
72年12月に初めて伊豆外浦の根島に渡船にて磯渡りし、本格的な磯釣りを体験した。翌73年2月無謀にも渡船歴3回目にして神子元島に挑戦、磯の広さ川のような潮の流れ、さらに船から下りる釣り人の勢いなど最初の印象が強烈で、以後数年通うことになった。今思うと金銭的な面で良く通えたと思う。この年3.4Kgのイスズミ(魚拓を取ったと思うが紛失)をあげ、大型シマアジをバラシたり、10回以上釣行している。
この魚拓のシマアジは神子元での最初で最後のシマアジであり、この時期が一番シマアジが寄っていたときだったろう。
ぐれ(メジナ) 59.5cm 3Kg

1976年1月7日
和歌山県潮岬赤崎
母の故郷和歌山県串本町、子供の頃から毎年夏休みの半分は過ごしたところであった。毎日釣り竿(のべ竿)とエサの小アジを2・3本魚籠に入れ堤防に通った。主に小アジや小メジナを釣り小アジは翌日のエサに数本とって置いた。時折透明な海底に大きなメジナがあらわれ針掛かりするも取り込めるはずもなかった。小学6年の時叔父に連れられ磯渡しで潮岬のアイゴ釣りに行き、初めてリール竿を使いその強烈な引きにビックリした。その後串本に行く頻度は少なくなったが行けば堤防に通った、もちろん竿はグラスロッドにリールが付いた。本格的に磯釣りを勉強し渡船の経験・自信もつき、串本周辺が関西の磯釣りのメッカ的存在と認識し、釣友Uと久し振りの訪問となった。
1976年の正月明けそろそろ釣り場も静かになっただろうと思い連休を取った。しかし潮岬の磯はまさに銀座だった。船宿・渡船も釣り場にも人が多く、事前に調べてあった磯には乗せてもらえるどころではなかった。訳の分からないまま最後に降ろされたところが歩いてもこられる地磯「赤崎」であった。初日は伊豆で習いおぼえた釣法では歯が立たず、2・3号のハリスではひとたまりもなく切られた。周囲の釣り人にいろいろ話を聞き、翌日は釣り道具を地元の釣具屋でそろへ再挑戦。釣り道具等良くおぼえていないがやっとこの魚を釣り上げた。釣り人一人一人が小さく見える風景でスケールも大きさを実感した。
あまご 32cm

1979年3月12日
静岡県寸又川支流大間川
竿:オリンピック世紀小継4.5
道糸・ハリス:グンター0.6号通し
針:がまかつヤマメ7号
エサ:川虫
1977年6月に大井川源流に釣行したのが渓流釣り連泊遠征の最後となった。7月に父が入院し焦燥感・心境の変化?河津川にて鮎のエサ釣りを初めて体験、友釣りを目の前にし魔力に呑み込まれる初めだった。翌1978年5月に父が死にこの年秋までの釣りに関する記憶書き置き等なく空白の半年だった。
1979年このアマゴを釣ったときは勢いを盛り返したのか、渓流・鮎・磯釣りと精力的に動き回り、中でも渓流釣りで大井川水系を日帰りで通っていた。その中でも印象に残る1匹であり、釣友Uのエッセイ「尺もの」の中に詳しくかかれている。他に29cm1匹
あゆ 29.5cm 240g

1994年9月5日
静岡県狩野川松下荒瀬
竿:オリンピックインストラクタープロフォース鮎硬硬調9m
水中糸:バリバス0.175
針:長良9号2本チラシ
1980年の狩野川は良型の鮎が多かった年であった。翌1981年夏の大雨で川は一変し現在の松下の流れになった。この鮎を釣った1994年前後は80年以来の大鮎が釣れた年だった。
くろだい 48cm 2.0Kg

1995年11月6日
神奈川県三浦半島諸磯高飛び込み下の平磯
天気:晴れ北風少々朝方冷え込むも日中暑い
大潮(1日目)満潮04:28/16:10干潮10:14/22:29なぎ潮澄み風波少々
釣り上げ時間7時30分(10分位のやり取り)
時合い 06:30〜07:30 と 12:30〜
釣り方:自作長ウキふかせ釣り ウキした2ヒロ(約3.2m)
竿:ダイワダイレクトパワー大島1−53
リール:ダイワエンブレム−Z2500L.BT
道糸:ゴーセンスーパーノーカルフロート3号150m
ハリス:シーガーフォース1.5号
ハリ:オーナーカットチヌ2号黒ヒュ−ズハリオモリ
えさ:さなぎ
こませ:さなぎミンチ+マルキューオカラだんご+ダイワチヌジャック+ダイワビックハンター+酒粕+現地の砂
他に24cm・24cm・26cm合計4匹
1993年5月に不覚にも心筋梗塞で倒れ、その年釣りらしい釣りはしなかった。1994年3月にカテーテル手術を行い、普通に釣りに行けるようになり、5月末の鮎解禁からは以前と変わらぬ釣行を開始した。でもまだ1人での釣行は自重し必ず同行者がいた。翌1995年は自信がついたのか単独釣行も時折するようになり、この黒鯛を釣り上げたときも単独の釣りだった。
この日は朝釣り場には人がいなかった。昼前に数人が高飛び込み左側に来ただけで少なかった。潮は右やや斜め沖方向に比較的早く流れていた。夜明け頃から7時頃までエサ取りは多かったが、7時過ぎになるとエサが残るようになり30〜40m先までウキを流すように釣っていた。7時30分ウキが見にくくなる40m位で根掛かりのようにウキがゆっくりと沈んだ、仕掛けを引き上げるつもりで竿を大きくあおると強烈な引きが左手に伝わる。掛けたところが遠かったので竿の弾力だけでためられ、魚は下に突っ込まず沖に逃げようとし比較的楽にリールが巻けた。10分ほどのやり取りで水面に浮いたクロダイはその巨体をすんなりと玉網の中に収まった。
そのやり取りの間は気付かなかったがクロダイをスカリの中に納めた時、脈拍が大きく増えているのに気付き気分は悪くなかったが次第に大きく感じられる様になった。興奮していたのだろう昼頃入れ掛かりで小さい黒鯛を3匹釣り上げても治まらず、夕方までの釣りをあきらめ帰宅。
ブラウントラウト 66cm 3.55Kg

1999年4月18日
神奈川県芦ノ湖元箱根遊覧船舟付き場右側
天気:朝霧 曇 風正面から少々 気温低め吐く息白い
時間:午前7時30分〜午後2時30分 釣り上げ午後2時20分(やり取り10分)
竿:NFT IGハイスピードエアノス磯1−530H
リール:ダイワエンブレム−Z2500L.BT
道糸:ダイワアストロンILフカセライン 3号150m
ハリス:シーガーフォース1号50cm
オモリ:かみつぶし 中
ハリ:オーナー競技ます8号
うき:円錐浮きとアタリウキの2段1ヒロ弱
えさ:イクラ(ユニ−にて購入)
魚を釣ることはどんな魚でも楽しい、釣り方を知り釣り場を知れば簡単に釣れそれから難しい。今まで釣る気にもならなかった魚でもいざ挑戦するとすんなりとその世界に入りのめり込んでしまう。自分の短所or長所か性格なのだろう。芦ノ湖の釣りも期間が渓流釣り解禁と鮎の釣り期とに重なるため晩秋のワカサギ釣りしか行ったことがなかった。1998年釣友Uが春休みに子供を連れ釣行し、以外と面白いし道具も磯釣りのを使えるとのことなので2回目同行。はまってしまいつつある釣りである。
芦ノ湖にはもっと大きな魚もいて、誰が釣るかどんな仕掛けにかかるか解らない。2000年春の釣行の時隣で竿を出していた親子で小学4年ぐらいの女の子がこの魚拓くらいの魚を掛け、しばらく必死に耐え父親が代わり釣り上げた。女の子のビックリしたうれしそうな歓声はこの魚拓を見ると思い出す。